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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)666号 判決 1989年2月01日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一三〇万七一一二円及び内金一〇〇万円に対する昭和六二年六月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行の宣言がなされる場合には、担保を条件とする仮執行免税の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事実の経過

(一) 神戸地方裁判所(以下「本件執行裁判所」という。)は債権者日新信用金庫(以下「債権者」という。)、債務者山本隆司及び所有者高橋敬治を当事者として、昭和六〇年九月二四日、別紙物件目録記載の(1)のイ、(2)及び(3)の物件(以下「物件(1)のイ、(2)、(3)」という。)につき不動産競売開始決定をし(同裁判所昭和六〇年(ケ)第三〇五号)、債権者日新信用金庫、債務者兼所有者三徳興産株式会社を当事者として、同年一〇月二二日、別紙物件目録記載の(1)のロの物件(以下「物件(1)のロ」という。)につき不動産競売開始決定をした(同裁判所昭和六〇年(ケ)第三六四号)。

(二) 本件執行裁判所は、昭和六〇年一一月七日右両事件につき、物件(1)のイ、ロ、(2)及び(3)を、それぞれ一括売却に付するものとし、同年一一月二二日次のとおり期間入札(第一回入札)を実施した。

入札期間 昭和六一年一月一七日から同月二四日まで

開札期間 同月二八日午前一〇時

売却決定期日 同月三一日午前一〇時

最低売却価格(上段の金額は個別売却価額、下段の金額は一括売却価額、括弧内の金額は買受申出の保証の額。)

物件(1)のイ 五五五万円 七四〇万円

物件(1)のロ 一八五万円 (一四八万円)

物件(2) 一二八八万円 三五〇三万円

物件(3) 二二一五万円 (七〇〇万六〇〇〇円)

しかし、全物件についていずれも適法な買受けの申出(入札)がなかった。

(三) 続いて、本件執行裁判所は、昭和六一年一月三一日次のとおり期間入札(第二回入札)を実施した。

入札期間 昭和六一年三月七日から同月一四日まで

入札期日 同月一八日午前一〇時

売却決定期日 同月二四日午前一〇時

最低売却価格及び買受申出の保証の額は、第一回入札に同じ。

しかし、物件(1)のイ及びロについては入札があったが、物件(2)、(3)(以下一括するときは「本件物件」という。)については適法な買受けの申出(入札)がなかった。

(四) 同年五月三〇日、原告は松田幸男を代理人として本件執行裁判所に本件物件について特別売却の方法で買受けたい旨上申したところ、本件執行裁判所は、同日執行官に対し、民事執行規則(以下「規則」という。)五一条一項に基づき、本件物件につき、次の内容のいわゆる特別売却実施命令をなした。

(1) 売却実施期限 昭和六一年七月二二日

(2) 最低売却価格(括弧内の金額は買受申出の保証の額)

物件(2) 一二八八万円(二五七万六〇〇〇円)

物件(3) 二二一五万円(四四三万円)

(3) 買受申出の保証の提供は、金銭又は執行裁判所が相当と認める有価証券を執行官に提供する方法による。

(4) 売却実施の方法

物件(2)、(3)を一括売却に付する。

(五) 本件執行裁判所書記官は、昭和六一年五月三〇日、債権者、債務者、所有者らに対し、本件物件について特別売却(一括売却)実施命令が発せられた旨、売却方法は、前記売却価格により執行官が同年七月二二日までの間に任意の相手方と折衝のうえ買受人を定める手続きによる旨、並びに迅速な売却実施を図るため被通知人又はその知人で買受希望者があれば、執行官に連絡されたい旨の通知をし、直ちに本件担当の執行官(以下「本件執行官」という。)において、右特別売却実施命令に基づき本件物件を売りに出した。

(六) 同年六月二日、原告は松田幸男を代理人として、本件執行官に対し、保証は同月九日午後五時までに現金で提出する旨を付記した買受申出書を提出し、同月七日(土曜日)午前中、右の保証金の提出予定期限を繰り上げて本件執行官に対し保証として金七〇〇万六〇〇〇円(日本銀行神戸西代理店発行の保管金領収証書)を提出し、本件執行官は同日、次のとおり特別売却調書を作成した。

不動産の表示 本件物件

買受申出人 原告

右代理人 松田幸男

買受申出の額 三五〇三万円

買受申出の年月日 昭和六一年六月七日

提出された買受申出の保証 七〇〇万六〇〇〇円

そして、本件執行官は、同年六月九日(月曜日)午前中に右特別売却調書を右保管金領収証書とともに本件執行裁判所に提出した。

(七) 一方、同年六月七日午前一一時三〇分ころ、本件執行官に対し、債権者代理人から、志染住宅株式会社(以下「訴外会社」という。)が四五〇〇万円で買受けてもよいとの意向があると電話で申出がなされ、本件執行官は、すでに他から買受希望者が出たので爾余の申出は受付けができない旨回答し、反論する同代理人に対し、申出の早い者に売る旨を答えたが、債権者代理人は、本件執行裁判所と交渉し、本件執行裁判所は受け付けると回答をしたため、訴外会社は、同年六月九日、本件執行官に対し、保証金として現金七〇六万円(前記保証金額の七〇〇万六〇〇〇円を超える金額であるが、提供者の同意を得て本件執行官はこれを保証金額とした。)を持参し、四五〇〇万円の価額をもって買受けの申出をなし、本件執行官は、右買受申出書を受理し、次のとおり特別売却調書を作成した。

不動産の表示 本件物件

買受申出人 訴外会社

買受申出の額 四五〇〇万円

買受申出の年月日 昭和六一年六月九日

提出された買受申出の保証 七〇六万円

そして、本件執行官は、翌六月一〇日右特別売却調書を同月一一日保管金額領収証書を、それぞれ本件執行裁判所に提出した。

(八) 本件執行裁判所は、同月九日、売却決定期日を同月二三日午前一〇時と指定し、同日、原告に対し、本件物件を金三五〇三万円の額で先順位買受けの申出をしたとの理由で売却許可決定をした。

(九) しかるに、同月二六日訴外会社から、同月二八日債権者から、右売却許可決定に対し執行抗告が申立てられ(大阪高等裁判所昭和六一年(ラ)第三五八号、同年(ラ)第三五九号)、昭和六二年四月二四日、抗告裁判所は、本件物件の最低売却価額は各不動産の客観的価格に比し著しく低額であり、民事執行法(以下「法」という。)七一条六号所定の最低売却価額の決定に重大な誤りがある場合に当たる、との理由で「原決定(本件売却許可決定)を取消す。本件を神戸地方裁判所へ差し戻す。」旨の決定をした。

2  本件執行裁判所の原告に対する不法行為と責任

(一) 特別売却における不動産の売却方法は、入札又は競り売り以外の方法でなければならないので、通常は複数の者の競争になることはありえず、執行裁判所において複数の者の買受けの申出を受け付けるとの特別の条件を付さない限り、最初に適法な買受けの申出をした者が買受申出人となり、次順位者はいないので、次順位買受申出人を定める必要はない。

本件の特別売却においては、何ら特別の条件は付されていないから通常の場合であり、複数の者の買受けの申出を受け付けてはならない。本件執行官は、右の理解のもとに債権者代理人を通した訴外会社の買受けの申出に対し、すでに他から買受希望者が出たので、爾余の申出は受け付けできない。申出の早い者に売る旨の回答をしていたのに、本件執行裁判所は、本件執行官に対し受け付けてはならない訴外会社の買受けの申出を受け付けるよう指示し、その結果、本件執行官は訴外会社の買受けの申出を受け付けた。本件執行裁判所の右指示は誤った指示というべく、競売の執行に違法がある。

そして誤った右指示に基づいて訴外会社の買受けの申出が受け付けられた結果、訴外会社から本件売却許可決定に対して執行抗告がなされ、抗告裁判所で右決定が取り消された。本件執行裁判所の誤った指示がなければ、訴外会社の買受けの申出はなく、従って執行抗告がなされることもなかったので、本件売却許可決定が取り消されることはなかった。

(二) また、執行抗告に対する抗告裁判所の決定によると、本件物件の最低売却価額は、各不動産の客観的価額に比し著しく低額であり、本件執行裁判所の最低売却価額の決定に重大な誤りがあると判示している。

最低売却価額の決定は競売手続の基本となるものであって、競売関係当事者にとって重大関心事である。抗告裁判所決定の指摘するように本件執行裁判所のなした最低売却価額の決定に重大な誤りがあったのであるから、本件執行裁判所の競売手続に過失があるというべきである。

3  原告の損害

(一) 原告は、本件競売手続において本件物件の買受けの申出の保証として、昭和六一年六月七日、金七〇〇万六〇〇〇円を本件執行官に提出したが、本件売却許可決定が取り消されたことにより、右金員の提出は全く無駄なことになった。もし原告が右金員を運用していたならば、少なくとも右金員に対する提供日の翌日である同月八日から返還可能となった抗告裁判所の決定言渡の日の前日である昭和六二年四月二三日までの民事法定利息相当の金三〇万七一一二円の利益をあげられていたものであるから、原告は右金員相当の損害を被った。

(二) また、原告は、本件執行裁判所の誤った売却許可決定により、本件物件を買受けできるものと信じ、本件物件に入居できるものと期待していたのであるが、右決定が取消されたことにより原告の期待は裏切られ、原告は本件物件を取得できなくなり精神的損害を受けた。右精神的損害の額は国民から信頼されている裁判所が手続の基本となる事項について重大な誤りを犯していたことを考慮すると、金一〇〇万円を下回ることはない。

よって、原告は、被告に対し、右損害賠償金一三〇万七一一二円及び内金一〇〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の(一)ないし(九)の事実は認める。

2  同2の(一)の事実のうち、本件執行裁判所の指示が誤っているとの原告の主張は争う。

同2の(二)の事実のうち、本件執行裁判所の競売手続に過失があるとの原告の主張は争う。

3  同3の(一)の事実のうち、原告が買受けの申出の保証金として、昭和六一年六月七日、金七〇〇万六〇〇〇円を本件執行官に提出したこと、右金員に対する同月八日から同六二年四月二三日までの民事法定利息相当の金員の額が金三〇万七一一二円であることは認めるが、その余は争う。

同3の(二)の事実は争う。

4  被告の主張

(一) 特別売却実施命令において、売却実施の期限が定められており、かつ最初に適法な買受けの申出をした者を最高価買受申出人とすることが明示されていないときには、右期限内に複数の者からの買受けの申出がなされる場合がありうる。そして、このように特に条件が付されていない場合に、複数の者からの買受けの申出があったときの執行裁判所或いは執行官の採るべき措置については、法規に何ら規定がなく、専ら法規の解釈に委ねられているところ、各種の異なる見解の解釈が成り立つのであって、原告の主張は原告独自の一見解にすぎない。ところで、ある事項に関する法律解釈につき、異なる見解が対立していて疑義を生じ拠るべき明確な判例・学説がなく、実務の取扱いも分れていて、そのいずれについても一応の証拠が認められる場合には、裁判官がそのうちの一見解に立脚して職務を執行したからといって、そのことから直ちに裁判官の職務行為に過失があったとはいえない。

(二) 本件執行裁判所が本件物件の最低売却価額を決定した経緯は、抗告裁判所の決定が摘示するとおりであるが、本件執行裁判所の右最低売却価額の決定は、合理性のある評価人の評価書に基づいているのであって、これを不合理、不適正ときめつけることはできない。抗告裁判所の決定は、最低売却価額の決定に重大な誤りがあるとして本件売却許可決定を取り消したが、右取消決定がされたことから、直ちに本件執行裁判所の裁判官のした最低売却価額の決定という職務行為を適法な行為ということはできない。すなわち裁判官の職務行為を違法として国の損害賠償責任が肯定されるためには、上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような特別の事情があることを必要とする。本件で本件執行裁判所の最低売却価額の決定は、合理性を有する評価人の評価書に基づいてなされているのであって、裁判官の恣意が介在する余地はなく、右の特別事情に該当する事由は一切認められず、最低売却価額の決定につき、本件執行裁判所の行為に違法又は過失が存するとの原告の主張は失当である。

(三) 原告は、本件執行裁判所の指示によって原告より後順位の買受けの申出が受け付けられ、その結果執行抗告がされ原告に対する本件売却許可決定を取消す抗告裁判所の決定がなされ、これがために損害を被ったと主張するが、後順位買受けの申出の受け付けの有無にかかわらず、執行抗告がなされる余地は存するのであり、執行抗告により本件売却許可決定の当否が争われて、本件売却許可決定取消しといった抗告裁判所の決定もありうるのであるから、本件執行裁判所の措置と執行抗告及び抗告裁判所の決定との間に何の因果関係もない。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1の(一)ないし(九)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、まず、特別売却においては、複数の者の買受けの申出を受け付けるといった特別な条件が付されない限り、最初に適法な買受けの申出をした者のみが買受申出人となるので、次順位買受申出人を定める必要はなく、したがって最初の買受申出人以外の者の買受けの申出を受け付けてはならないのに、本件執行裁判所がこれを受け付けるよう本件執行官に指示したことは誤った処置であり、競売執行に違法があると主張するので判断する。

1  不動産競売における売却の方法には、入札、競り売りのほか規則で定めるいわゆる特別売却の三種があり(法六四条二項)、いずれの方法を選択するかは、原則として執行裁判所の自由な裁量に委ねられているが(法六四条一項)、特別売却は、前二者の方法による売却が奏効しなかった場合に限って認められる補充的な方法であり(規則五一条一項)、執行裁判所が執行官にその実施を命ずることにより行われ、その際執行裁判所は売却実施の方法及び期限その他の条件を付することができる(規則五一条一項)。条件を付すか否か、条件の内容は、執行裁判所の裁量に委ねられ、執行裁判所が何も条件を付さないと、執行官の裁量により適宜の方法により売却が実施される。特別売却においては、通常は、複数の者の競争にはならないのが殆どであろうから、最初に適法な買受けの申出をした者が買受申出人となり、したがって次順位の者はいないので、次順位買受申出人を定めることもない。

しかし、特別売却は、入札又は競り売り以外の方法による売却を総称した概念であり、一個の典型的な売却方法というわけではないから、売却実施の方法によっては、複数の者の買受けの申出を受け付けることもありうるし、次順位買受申出人を定めることもありうる。もとより特別の条件として、買受けの申出は先着順と定めて、最初の適法な買受けの申出のみを受け付け、爾余の買受けの申出を受け付けないとの措置をとることもできるが、このように明示的に特別の条件が付されていないので、複数の者から買受けの申出がなされた場合における執行裁判所の措置については、法及び規則に格別の規定はなく、一義的にきまっているわけではない。

2  前示当事者間に争いのない事実に徴すると、本件の特別売却実施命令においては、売却実施期限は定めているものの、その他の条件は付されておらないので、右期限内に複数の者から買受けの申出がなされる場合がありうるのであって、この場合の本件執行裁判所が採るべき措置については、法及び規則に何らの規定もないため専ら法及び規則の解釈に委ねられることになり、次のようないくつかの方法が考えられる。

(一)  最初の適法な買受けの申出をした者だけを買受申出人として取り扱い、その後の買受けの申出は受け付けないこととする。

(二)  特別売却実施期限内の適法な買受けの申出のすべてを受け付けたうえで、最も先順位の者を買受申出人とする。

(三)  前同様に受け付けたうえで、買受けの申出の額が最高額である者を買受申出人とする。

(四)  複数の者の競争が期待しうる状況になったとして、特別売却実施命令を取り消して、あらためて入札又は競り売りのいわゆる競争売却の方法に付する。

ところがこれら諸見解のうちいずれの見解が最も妥当であり、本件執行裁判所としていずれの見解を採るべきかについては、拠るべき確定的な判例は存しないし、学説においても十分論じられておらず、実務上の取扱いも区々に分かれている。

3  原告は、本件執行裁判所において右(一)の方法が唯一の採るべき措置であった旨主張する。なるほど、もともと、複数の者の競争が予想される場合には、原則として入札または競り売りの方法を採用すべきであるから、補充的な売却方法である特別売却においては、執行裁判所が複数の買受申出人を受け付けるような特別な方法によることを特に条件として付した場合にのみ複数の買受申出人を受け付けることができると考え、何ら特別な条件の付されていない本件においては、右(一)の方法が唯一の採るべき措置であった旨の解釈論にもそれ相応の根拠が認められる。

しかしながら、他方右(一)以外の諸見解も、右(一)の見解に十分拮抗しうる相応な根拠をもつ解釈論であって、根拠がないとか、根拠があっても解釈論を逸脱するといった非常識な見解であるとは到底解することができない。すなわち、右(二)、(三)の方法についていえば、前示のとおり、特別売却とは、入札又は競り売り以外の方法による売却を総称した概念であり、一個の典型的な売却方法というわけではないから、複数の者の買受けの申出を受け付ける方法による特別売却も当然許容され、そして、実際にも、本件のように、当初から予想したわけではないのに、複数の買受申出人が出現することがないとはいえず、また、次順位買受けの申出の規定(法六七条)が特別売却の場合に排除されていないことからしても、複数の者の買受けの申出に対してこれを受け付けるべしとする見解にも、相応の論拠があることは明らかであり、また右(四)の方法についても、複数の者の競争が期待しうる状況とみて原則の入札又は競り売りに戻すのを適当とするというのであって、この見解にも相応な根拠があるといわなければならない。

4  思うに、一般にある事項に関する法律解釈につき、異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例、学説がなく、実務上の取扱いも分れていて、そのいずれについても相応の論拠が認められる場合には、裁判官がそのうちのある見解を採用し、他の見解を採用しなかったとしても、それは裁判官の職務権限の裁量の範囲内に属することであるから、その採用した見解による判定が上級審で取消されることがあるのは格別、当該裁判官の右判断の行為について、国家賠償法上違法の問題を生じる余地は全くない。

そうすると、本件執行裁判所は、前示のとおり相応の論拠を有する複数の見解の中から前記(二)の方法を採用し、他の方法を採用しなかったものであるが、これが本件執行裁判所の裁量の範囲内であることは明白であり、したがって、前記(一)の方法を採用せず、(二)の方法を採用して行った本件執行裁判所の複数の者の買受けの申出を受け付ける指示をとらえて国家賠償法上違法な行為とする原告の主張は失当であり採用することができない。

三  原告は、次に、本件執行裁判所の最低売却価額の決定に重大な誤りがあり、この点競売手続に過失があると主張するので判断する。

1  なるほど、執行抗告に対する抗告裁判所の決定は、本件物件の最低売却価額は、各不動産の客観的価額に比し著しく低額であり本件執行裁判所の最低売却価額の決定に重大な誤りがあると判示し、原告に対する本件物件の売却許可決定を取消したことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、<証拠>により、抗告裁判所決定の判示する理由の骨子を補足すると、本件物件の評価額につき、執行裁判所の評価命令による評価人の評価書として大土評価書と大家評価書が提出されているところ、本件執行裁判所は、大家評価書の評価により本件物件の最低売却価額を定めたものであるけれども、大家評価書は大土評価書と比較するとき、評価条件ないし要因にさほどの変化がないにもかかわらず、評価額の点で大きな相違があり、客観的価格の評価として疑義をさしはさむところがあり、検討吟味を要する問題点を多く含んでいる。本件物件の大家評価書の評価とこれに基づく最低売却価額は、大土評価書及びこれに基づく最低売却価額もいささか高額にすぎるとはいうものの、各不動産の客観的価値に比し著しく低額であるといわざるをえず、法七一条六号所定の最低売却価額の決定に重大な誤りがある場合に当たる、というのである。

2  そこで本件は本件執行裁判所のした裁判の当否が争われて上級審の抗告裁判所で取消されたものであるところ、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要と解するのが相当である(最高裁昭和五七年三月一二日判決・民集三六巻三号三二九頁参照)。

本件において、本件執行裁判所が行った本件物件の最低売却価額の決定に誤りがあるとしても、右の誤りは執行抗告により抗告裁判所で是正される原因になるにとどまり、右誤りがあるというだけで直ちに右特別の事情がある場合にあたるということはできない。

3  そうとすると、本件執行裁判所に競売手続上の過失があり、国家賠償法による損害賠償責任があるとの原告の主張は理由がない。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことになるから、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂詰幸次郎 裁判官 増山 宏 裁判官 和食俊朗)

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